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文語詩未定稿
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  〔曇りてとざし〕

曇りてとざし
風にゆる
それみづからぞ樹のこゝろ

光にぬるみ
気に析くる
そのこと巌のこゝろなり

樹の一本は一つの木
規矩なき巌はたゞ巌



  〔ひとびと酸き胡瓜を噛み〕

ひとびと酸き胡瓜を噛み
やゝに濁れる黄の酒の
陶の小盃に往復せり
そは今日賦役に出でざりし家々より
権左エ門が集め来しなれ
まこと権左エ門の眼 双に赤きは
尚褐玻璃の老眼鏡をかけたるごとく
立つて宰領するこの家のあるじ
熊氏の面はひげに充てり
榾のけむりは稲いちめんにひろがり
雨は■々青き穂並にうち注げり
われはさながらわれにもあらず
稲の品種をもの云へば
或いはペルシャにあるこゝちなり
この感じ多く耐えざる
脊椎の労作の后に来り
しばしば数日の病を約す

げにかしこにはいくたび
赤き砂利をになひける
面むくみし弱き子の
人人の背后なる板の間に座して
素麺をこそ食めるなる
その赤砂利を盛れる土橋は
楢また桧の暗き林を負ひて
ひとしく雨に打たれたれど
ほだのけむりははやもそこに這へるなり

★本文11行目[■々]の[■]は、サンズイにツクリ[堂]。


  〔こんにやくの〕

こんにやくの
す枯れの茎をとらんとて
水こぼこぼと鳴る
ひぐれまぢかの笹はらを
兄弟二人わけ行きにけり



  開墾地〔断片〕

〔断片 一〕
焦ぎ木のむらはなほあれば
山の畑の雪消えて〔以下なし〕

〔断片 二〕
青年団が総出にて
しだれ桜を截りしなり



  〔しののめ春の鴇の火を〕

しののめ春の鴇の火を
アルペン農の汗に燃し
縄と菩提樹皮にうちよそひ
風とひかりにちかひせり
  四月は風のかぐはしく
  雲かげ原を超えくれば
  雪融けの 草をわたる
黒■岩メラフアイアーの高原に
生しののめの火を燃せり

島わの遠き潮騒えを
森のうつゝのなかに聴き、
羊歯のしげみの奥に
青き椿の実をとりぬ、
  黒潮の香のくるほしく
  東風にいぶきを吹き寄れば
  百千鳥すだきいづる
三原の山に燃ゆる火の
なかばは雲にとざされぬ

★本文8行目[黒■岩]の[■]は、ヘン[王]ツクリ[分]



  大菩薩峠の歌

廿日月
かざす刃は音無しの
黒業ひろごる雲のひま、
       その竜之介

風もなき
修羅のさかひを行き惑ひ
すゝきすがるゝいのじ原
       その雲のいろ

日は落ちて
鳥はねぐらにかへれども、
ひとは帰らぬ修羅の旅、
       その竜之介、



  田園迷信

十の蜂舎の成りしとき
よき園成さば必らずや
鬼ぞうかがふといましめし
かしらかむろのひとありき

山はかすみてめくるめき
桐むらさきに燃ゆるころ
その農園の扉を過ぎて
莓需めしをとめあり

そのひとひるはひねもすを
風にガラスの点を播き
夜はよもすがらなやましき
うらみの歌をうたひけり

若きあるじはひとひらの
白銅をもて帰れるに
をとめしづかにつぶやきて
この園われが園といふ

かくてくわりんの実は黄ばみ
池にぬなはの枯るゝころ
をみなとなりしそのをとめ
園をば町に売りてけり



  樹園

かはたれは青く這ひ来て
しめやかに木の芽ほごるゝ

鳥飛びて気圧を高み
しんしんと歯痛は起る

ぎごちなき独乙冠詞を
青々となげく窓あり

大いなる帳簿を抱き
守衛長木の間を過ぐる



  隅田川

水はよどみて日はけぶり
桜は青き 夢のつら
は酔ひれてうちおどる
泥洲の上に うちおどる

母をはるけき  なが弟子は
酔はずさびしく そらを見る
その芦生への  芦に立ち
ましろきそらを ひとり見る



  八戸

さやかなる夏の衣して
ひとびとは汽車を待てども
疾みはてしわれはさびしく
琥珀もて客を待つめり

この駅はきりぎしにして
玻璃の窓海景を盛り
幾条の遥けき青や
岬にはあがる白波

南なるかの野の町に
歌ひめとなるならはしの
かゞやける唇や頬
われとても昨日はありにき

かのひとになべてを捧げ
かゞやかに四年を経しに
わが胸はにわかに重く
病葉と髪は散りにき

モートルの爆音高く
窓過ぐる黒き船あり
ひらめきて鴎はとび交ひ
岩波はまたしもあがる

そのかみもうなゐなりし日
こゝにして琥珀うりしを
あゝいまはうなゐとなりて
かのひとに行かんすべなし



  〔蔵は世紀に曾って見ぬ〕

蔵は世紀に曾って見ぬ
石竹いろと湿潤と
人は三年のひでりゆゑ
食むべき糧もなしといふ

稲かの青き槍の葉は
多く倒れてまた起たず
六条さては四角なる
麦はかじろく空穂しぬ

このとききみは千万の
人の糧もてかの原に
亜鉛のいらか丹を塗りて
いでゆの町をなすといふ

この代あらば野はもって
千年の計をなすべきに
徒衣ぜい食のやかららに
賤舞の園を供すとか



  講后

いたやと楢の林つきて、
かの鉛にも続くといへる、
広きみねみち見え初めたれば
われ師にさきだちて走りのぼり、
峯にきたりて悦び叫べり
江釣子森は黒くして脚下にあり、
北上の野をへだてゝ山はけむり、
そが上に雲の峯かゞやき立てり。
人人にまもられて師もやがて来りたまふに
みけしき蒼白にして
単衣のせなうるほひ給ひき
われなほよろこびやまず
石をもて東の谷になげうちしに
その石遙か下方にして
戛として樹をうち
また茂みを落つるの音せりき
師すでに立ちてあり、
あへぎて云ひたまひけるは、
老鶯をな驚かし給ひそとなり
講の主催者粛として立ち
われまた畏れて立ちつくせるに
人人〔一字不明〕かずつかれて多くはたゞずめりき
しかはあれかの雲の峯をば
しづかにのぞまんはよけんと
蕗の葉をとりて地に置けるに
講の主催者
その葉を師に参らせよといふ
すなはち更に三葉をとって
重ねて地にしき置けるに
師受用して座しましき



  雹雲砲手

なべて葡萄に花さきて
蜂のふるひのせわしきに
をちこち青き銅液の
噴霧にひるは来りけり
にはかに風のうち死して
あたりいよよにまばゆきを
見ずやかしこの青きそら
友よいざ射て雹の雲



  〔瘠せて青めるなが頬は〕

瘠せて青めるなが頬は
九月の雨に聖くして
一すじ遠きこのみちを
草穂のけぶりはてもなし



  〔霧降る萓の細みちに〕

霧降る萓の細みちに
われをいぶかり腕組める
なはたくましき漢子かな
白き上着はよそへども
ひそに醸せるなが酒を
うち索めたるわれならず
はがねの槌は手にあれど
ながしづかなる山畑に
銅を探らんわれならず
検土の杖はになへども
四方にすだけるむらどりの
一羽もために落ちざらん
土をけみしてつちかひ
企画をなさんつとめのみ
さあればなれよ高萓の
群うち縫えるこのみちを
わがためにこそひらけかし
権現山のいたゞきの
黒き巌は何やらん
霧の中より光り出づるを



  〔エレキに魚をとるのみか〕

エレキに魚をとるのみか
鳥さへ犯すしれをのこ
捕らでやまんと駐在の
戸田巡査こそいかめしき

まこと楊に磁の乗りて
小鳥は鉄のたぐひかや
ひとむれさっと落ち入りて
しらむ梢ぞあやしけれ



  〔われらがふみに順ひて〕

われらがふみに順ひて
その三稜の壇に立ち
クラリネットとオボーもて
七たび青くひらめける
四連音符をつゞけ
あたり雨降るけしきにて
ひたすら吹けるそのときに
いつかわれらの前に立ち
かなしき川をうち流し
渦まく風をあげありし
かの逞ましき肩もてる
黒き上着はそも誰なりし



  幻想

濁みし声下より叫ぶ
炉はいまし何度にありや
八百とえらいをすれば
声なくてたんを掻く音

声ありて更に叫べり
づくはいまし何度にありや
八百とえらひをすれば
またもちえと舌打つひゞき

灼熱のるつぼをつゝみ
むらさきの暗き火は燃え
そがなかに水うち汲める
母の像恍とうかべり

声ありて下より叫ぶ
針はいま何度にありや
八百といらひて云へば
たちまちに楷を来る音

八百は何のたはごと
汝はこゝに睡れるならん
見よ鉄はいま千二百
なれが眼は何を読めるや

あなあやし紫の火を
みつめたる眼はうつろにて
熱計の針も見わかず
奇しき汗せなにうるほふ

あゝなれば何を泣けるぞ
涙もて金はとくるや
千二百いざ下り行かん
それいまぞ鉄は熟しぬ

融鉄はうちとゞろきて
火花あげけむりあぐれば
紫の焔は消えて
室のうちにはかにくらし



  〔われ聴衆に会釈して〕

われ聴衆に会釈して
歌ひ出でんとしたるとき
突如下手の幕かげに
まづおぼろなる銅鑼鳴りて
やがてジロフォンみだれうつ

わが立ち惑ふそのひまに
琴はいよよに烈しくて
そはかの支那の小娘と
われとが潔き愛恋を
あらぬかたちに歪めなし
描きあざけり罵りて
衆意を迎ふるさまなりき

このこともとしわが敵の
かの腹円きセロ弾きが
わざとはわれも知りしかど、

そを一すじのたわむれと
なすべき才もあらざれば
たゞ胸あつく頬つりて
呆けたるごとくわが立てば
もろびとどっと声あげて
いよよにわれをあざみけり



  春章作中判


  春章作中判 一、

ましろき蘆の花噴けば
青き死相を眼にたゝへ
大太刀舞はす乱れ髪

  春章作中判 二、

白紙を結ぶすはだしや
死を嘲ける青の隈
雪の反射のなかにして
鉄の鏡をかゝげたり



  〔ながれたり〕

ながれたり
  夜はあやしく陥りて
  ゆらぎ出でしは一むらの
  陰極線のしひあかり
  また蛍光の青らむと
  かなしく白き偏光の類
ましろに寒き川のさま
地平わづかに赤らむは
あかつきとこそ覚ゆなれ
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも)
げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも)
明るくかろき水のさま
寒くあかるき水のさま
    (水いろなせる川の水
     水いろ川の川水を
     何かはしらねみづいろの
     かたちあるものながれ行く)
青ざめし人と屍 数もしら
水にもまれてくだり行く
水いろの水と屍 数もしら
    (流れたりげに流れたり)

また下りくる大筏
まなじり深く鼻高く
腕うちくみてみめぐらし
一人の男うち座する
見ずや筏は水いろの
屍よりぞ組み成さる

髪みだれたるわかものの
筏のはじにとりつけば
筏のあるじまみ赤く
頬にひらめくいかりして
わかものの手を解き去りぬ

げにながれたり水のいろ
ながれたりげに水のいろ
このあかつきの水のさま
はてさへしらにながれたり

共にあをざめ救はんと
流れの中に相寄れる
今は却りて争へば
その髪みだれ行けるあり
    (対岸の空うち爛れ
     赤きは何のけしきぞも)
流れたりげに流れたり
はてさへしらにながるれば
わが眼はつかれいまはさて
ものおしなべてうちかすみ
たゞほのじろの川水と
うすらあかるきそらのさま

おゝ頭ばかり頭ばかり
きりきりきりとはぎしりし
流れを切りてくるもあり

死人の肩を噛めるもの
さらに死人のせを噛めば
さめて怒れるものもあり

ながれたりげにながれたり
川水軽くかゞやきて
たゞ速かにながれたり
    (そもこれはいづちの川のけしきぞも
     人と屍と群れながれたり)

あゝ流れたり流れたり
水いろなせる屍と
人とをのせて水いろの
水ははてなく流れたり



  〔弓のごとく〕

弓のごとく
鳥のごとく
昧爽まだきの風の中より
家に帰り来れり



  水部の線

きみがおもかげ うかべんと
夜を仰げばこのまひる
蝋紙に描きし北上の
水線青くひかるなれ

竜や棲みしと伝へたる
このこもりぬの辺を来れば
夜ぞらに泛ぶ水線の
火花となりて青々と散る



  〔卑屈の友らをいきどほろしく〕

卑屈の友らをいきどほろしく
粘土地二片をはしりてよぎり
崖にて青草黄金なるを知り
のぼりてかれ草黄なるをふめば
白雪きららに落ち来るものか
一列赤赤ならべるひのき
ふたゝび卑屈の友らをおもひ
たかぶるおもひは雲にもまじへ
かの粘土地なるかの官庁に
灰鋳鉄のいかりを投げよ



  〔われかのひとをこととふに〕

われかのひとをこととふに
なにのけげんもあらざるを
なにゆゑかのとき協はざる
クラリオネットの玲瓏を
わらひ軋らせ
わらひしや



  〔郡属伊原忠右エ門〕

郡属伊原忠右エ門、
科頭にゴムの靴はきて、
冬の芝生をうちよぎり

南ちゞれし綿雲に
雨量計をぞさゝげたる

天狗巣病にはあらねども
あまりにしげきこずえかな



  〔まひるつとめにまぎらひて〕

まひるつとめにまぎらひて
きみがおもかげ来ぬひまは
こころやすらひはたらきし
そのことなにかねたましき

新月きみがおももちを
つきの梢にかゝぐれば
凍れる泥をうちふみて
さびしく恋ふるこゝろかな



  〔洪積の台のはてなる〕

洪積の台のはてなる
一ひらの赤き粘土地

桐の群白くひかれど
枝しげくたけ低ければ
鍛冶町の米屋五助は
今日も来て灰を与へぬ。

かなたにてきらめく川や
さてはまた遠山の雪
その枝にからすとまれば
ざんざんと実はうちゆるゝ

このときに教諭白藤
灰いろのイムバネス着て
いぶかしく五助をながめ
粘土地をよこぎりてくる



  〔ゆがみつゝ月は出で〕

ゆがみつゝ月は出で
うすぐもは淡くにほへり

汽車のおとはかなく
恋ごゝろ風のふくらし

ペンのさやうしなはれ
東に山の稜白くひかれり

汽車の音はるけく
なみだゆゑに松いとくろし

かれ草はさやぎて
わが手帳たゞほのかなり



セレナーデ
  恋歌

江釣子森の右肩に
雪ぞあやしくひらめけど
きみはいまさず
ルーノの君は見えまさず

夜をつまれし枕木黒く
群あちこちに安けれど
きみはいまさず

機関車の列湯気吐きて
とゞろにしばし行きかへど
きみはいまさず
ポイントの灯はけむれども
ルーノのきみの影はなき

あゝきみにびしひかりもて
わが青じろき額を射ば
わが悩あるは癒えなんに



  〔鷺はひかりのそらに餓え〕

鷺はひかりのそらに餓え
羊歯にはそゝぐきりさめを
あしきテノールうちなして
二人の紳士 森を来る



  〔甘藍の球は弾けて〕

甘藍の球は弾けて
青ぞらに白雲の房

呑屋より二人の馬丁
よろめきてあらはれ出づる



  〔りんごのみきのはいのひかり〕

りんごのみきのはいのひかり
腐植のしめりのつちに立てり

根ぎはの朽ちの褐なれば
どう枯病をうたがへり

天のつかれの一方に
その 朱金をくすぼらす



  会計課

九時六分のかけ時計
その青じろき盤面ダイアル
にはかに雪の反射来て
パンのかけらは床に落ち
インクの雫かはきたり



  〔■々としてひかれるは〕


■々としてひかれるは
硫黄ヶ岳の尾根の雪
雲灰白に亘せるは
鳥ヶ森また駒頭山

焼き枕木を負ひ行きて
水路に橋をなさんとや
雪の荒野のたゞなかを
小刻みに行く人のあり

★題目及び本文1行目[■々]の[■]は、ヘン[日]ツクリ[令]。



  職員室

歪むガラスのかなたにて
藤をまとへるさいかちや
西は雪ぐも亘せるに
一ひらひかる天の青、

ひるげせわしく事終へて
なにかそぐはぬひとびとの
暖炉を囲みあるものは
その石墨をこそげたり

業を了へたるわかものの、
官にあるは卑しくて、
一たび村に帰りしは
その音づれも聞えざり

たまさかゆれしひばの間を
茶羅沙の肩をくすぼらし
校長門を出で行けば、
いよよにゆがむガラスなり



  〔つめたき朝の真鍮に〕

つめたき朝の真鍮に
胸をくるしと盛りまつり
こゝろさびしくおろがめば
おん舎利ゆゑにあをじろく
燐光をこそはなちたまへり



  烏百態

雪のたんぼのあぜみちを
ぞろぞろあるく烏なり

雪のたんぼに身を折りて
二声鳴けるからすなり

雪のたんぼに首を垂れ
雪をついばむ烏なり

雪のたんぼに首をあげ
あたり見まはす烏なり

雪のたんぼの雪の上
よちよちあるくからすなり

雪のたんぼを行きつくし
雪をついばむからすなり

たんぼの雪の高みにて
口をひらきしからすなり

たんぼの雪にくちばしを
ぢっとうづめしからすなり

雪のたんぼのかれ畦に
ぴょんと飛びたるからすなり

雪のたんぼをかぢとりて
ゆるやかに飛ぶからすなり

雪のたんぼをつぎつぎに
西へ飛びたつ烏なり

雪のたんぼに残されて
脚をひらきしからすなり

西にとび行くからすらは
あたかもごまのごとくなり



  訓導

早くもひとり雪をけり
はるかの吹雪をはせ行くは
木鼠捕りの悦治なり

三人ひとしくはせたちて
多吉ぞわらひ軋るとき
寅は溜りに倒れゐし

赤き毛布にくるまりて
風くるごとに足小刻むは
十にたらざる児らなれや

吹雪きたればあとなる児
急ぎて前にすがりつゝ
一列遠くうすれ行く



  月天讃歌(擬古調)

兜の尾根のうしろより
月天ちらとのぞきたまヘり

月天子ほのかにのぞみたまへども
野の雪いまだ暮れやらず
しばし山はにたゆたひおはす

決然として月天子、
山をいでたち給ひつゝ
その横雲の黒雲の、
さだめの席に入りませりけり

月天子まことはいまだ出でまさず
そはみひかりの異りて、
赤きといとど歪みませると

月天子み丈のなかば黒雲に
うづもれまして笑み給ひけり

なめげにも人々高くもの云ひつゝ
ことなく仰ぎまつりし故、
月天子また山に入ります

   兜の尾根のうしろより
   さも月天子
   ふたゝびのぞみ出でたまふなり

月天子こたびはそらをうちすぐる
氷雲のひらに座しまして
無生を観じたまふさまなり

月天子氷雲を深く入りませど
空華は青く降りしきりけり

月天子すでに氷雲を出でまして、
雲あたふたとはせ去れば
いまは怨親平等の
ひかりを野にぞながしたまへり



  〔雲を濾し〕

雲を濾し
まことあかるくなりし空かな
子ら歓呼してことごとく、
走り出でしも宜なれや

風のひのきはみだるるみだるゝ



  〔ま青きそらの風をふるはし〕

ま青きそらの風をふるはし
ひとりはたらく脱穀機

 R-R-r-r-r-r-r-r-r
脱穀小屋の庇の下に
首を垂れたる二疋の馬

 R-R-r-r-r-r-r-r-r
粉雪おぼろにひかりたち
はるかにりりと鐘なれば
うなじをあぐる二疋の馬
華やかなりしそのかみの
よきギャロップをうちふみて
うまやにこそは帰り行くなれ



  〔最も親しき友らにさへこれを秘して〕

最も親しき友らにさへこれを秘して
ふたゝびひとりわがあえぎ悩めるに
不純の想を包みて病を問ふと名をかりて
あるべきならぬなが夢の
  (まことにあらぬ夢なれや
   われに属する財はなく
   わが身は病と戦ひつ
   辛く業をばなしけるを)
あらゆる詐術の成らざりしより
我を呪ひて殺さんとするか
然らば記せよ
女と思ひて今日までは許しても来つれ
今や生くるも死するも
なんぢが曲意非礼を忘れじ
もしなほなれに
一分反省の心あらば
ふたゝびわが名を人に言はず
たゞひたすらにかの大曼荼羅のおん前にして
この野の福祉を祈りつゝ
なべてこの野にたつきせん
名なきをみなのあらんごと
こゝろすなほに生きよかし



  〔月光の鉛のなかに〕

月光の鉛のなかに
みどりなる犀は落ち臥し

松の影これを覆へり

★本文2行目[臥]は、俗字で書かれており、ヘン[臣]ツクリ[卜]。



  丘

森の上のこの神楽殿
いそがしくのぼりて立てば
かくこうはめぐりてどよみ
松の風頬を吹くなり

野をはるに北をのぞめば
紫波の城の二本の杉
かゞやきて黄ばめるものは
そが上に麦熟すらし

さらにまた夏雲の下、
青々と山なみははせ、
従ひて野は澱めども
かのまちはつひに見えざり

うらゝかに野を過ぎり行く
かの雲の影ともなりて
きみがべにありなんものを

さもわれののがれてあれば
うすくらき古着の店に
ひとり居て祖父や怒らん
いざ走せてこととふべきに

うちどよみまた鳥啼けば
いよいよに君ぞ恋しき
野はさらに雲の影して
松の風日に鳴るものを



  恋

草穂のかなた雲ひくき
ポプラの群にかこまれて
鐘塔白き秋の館

かしこにひとの四年居て
あるとき清くわらひける
そのこといとゞくるほしき



  一〇七六
     病中幻想
                   一九二七、六、一三、

罪はいまやまひにかはり
たよりなくわれは騰りて
野のそらにひとりまどろむ

太虚ひかりてはてしなく
身は水素より軽ければ
また耕さんすべもなし

せめてはかしこ黒と白
立ち並びたる積雲を
雨と崩して堕ちなんを



  〔馬行き人行き自転車行きて〕

馬行き人行き自転車行きて、
しばし粉雪の風吹けり

絣合羽につまごはき
物噛むごとくたゝずみて
大売り出しのビラ読む翁
まなこをめぐる輻状の皺

楽隊の音からおもてを見れば
雲は傷れて眼痛む
西洋料理支那料理の
三色文字は赤より暮るゝ



  雪峡

塵のごと小鳥なきすぎ
ほこ杉の峡の奥より
あやしくも鳴るやみ神楽
いみじくも鳴るやみ神楽

たゞ深し天の青原
雲が燃す白金環と
白金の黒の■を
日天子奔せ出でたまふ

★本文7行目(空白行を除く)[■]は、山カンムリに[屈]。
[崛]と同音(クツ)で、山容を表わすが、多少意味に違いがある。



  機会

恋のはじめのおとなひは
かの青春に来りけり
おなじき第二神来は
蒼き上着にありにけり
その第三は諸人の
栄誉のなかに来りけり
いまおゝその四愛憐は
何たるぼろの中に来しぞも



  〔われらひとしく丘に立ち〕

われらひとしく丘に立ち
青ぐろくしてぶちうてる
あやしきもののひろがりを
東はてなくのぞみけり
そは巨いなる塩の水
海とはおのもさとれども
伝へてきゝしそのものと
あまりにたがふこゝちして
たゞうつゝなるうすれ日に
そのわだつみの潮騒えの
うろこの国の波がしら
きほひ寄するをのぞみゐたりき



  四八
     黄泉路よみぢ
            アリイルスチュアール
                   一九二七

(房中寒くむなしくて
 灯は消え月は出でざるに
 大なる恐怖クフの声なして
 いま起ちたるはそも何ぞ!……
 わが知るもののたましひ
 何とてなれは来りしや?)
    (君は云へりき わが待たば
     君も必ず来らんと……)
(愛しきされど愚かしき
 遥けくなれの死しけるを
 亡きと生けるはもろ共に
 行き交ふことの許されね
 いざはやなれはくらやみに
 われは愛にぞ行くべかり)
    (ゆふべはまことしかるらん
     今宵はしかくあらぬなり)
(とは云へなれは何をもて
 ひととわれとをさまたぐる
 そのひとまことそのむかし
 がありしごと愛しきに
 しかも汝はいま亡きものを!)
    (しかも汝とていまは亡し)



  〔たゞかたくなのみをわぶる〕

  ……たゞかたくなのみをわぶる
    なにをかひとにうらむべき……

ましろきそらにはゞたきて
ましろきそらにたゆたひて
百舌はいこひをおもふらし



  宅地

白日雲の角に入り
害条桐を辞し堕ちぬ
黒きゐのこは巣を出でて
キャベヂの茎を穿ちたり



  〔そのかたち収得に似て〕

そのかたち収得に似て
面赤く鼻たくましき

その云ふや声肝にあり
その行くや犠を索むる



  〔青びかる天弧のはてに〕〔断片〕

青びかる天弧のはてに
きらゝかに町はうかびて
六月のたつきのみちは
いまやはた尽きはてにけり

いさゝかの書籍とセロを
思ふまゝ〔以下なし〕



  〔いざ渡せかし おいぼれめ〕

「いざ渡せかし おいぼれめ
いつもこゝにて日を暮らす」
すぱとたばこを吸ひやめて

「何を云ふともこの飯の
煮たたぬうちに 立つべしや」
芋の子頭白髪して
おきなは榾を加へたり



  盛岡中学校

木柵に注ぐさ霧と
れる桐のいくもと

白堊城秋のガラスは
ひらごとにうつろなりけり

一鐘のラッパが鳴りて
急ぎ行く港先生

気乗りせぬフットボールを
村久のさびしく立てる



  Romanzero開墾

落ちしのばらの芽はひかり
樹液はしづにかはたれぬ

あゝこの夕つゝましく
きみと祈らばよからんを

きみきたらずばわが成さん
この園つひにむなしけん

西天黄ばみにごれるに
雲の黒〔一字不明〕の見もあえず



  〔館は台地のはななれば〕

館は台地のはななれば
鳥は岬の火とも見つ
香魚釣る人は藪と瀬を
低くすかしてわきまへぬ

鳥をまがへる赤き蛾は
鱗粉きらとうちながし
緑の蝦を僭しつゝ
浮塵子うんかあかりをめぐりけり



  〔二川こゝにて会したり〕

(二川こゝにて会したり)
(いな、和賀の川水みづ雪代ふ
夏油ゲタウのそれの十なれば
 その川ここに入ると云へ)

 藍と雪とのうすけぶり
 つらなる尾根のかなたより
夏油ゲタウの川は巌截りて
 ましろき波をながしきぬ



  百合を堀る

百合堀ると  唐鍬トガをかたぎつ
ひと恋ひて  林に行けば
濁り田に   白き日輪
くるほしく  うつりゆれたる

友らみな   大都のなかに
入学の    試験するらん
われはしも  身はうち疾みて
こゝろはも  恋に疲れぬ

森のはて   いづくにかあれ
子ら云へる  声ほのかにて
はるかなる  地平のあたり
汽車の音   行きわぶごとし

このまひる  鳩のまねして、
松森の    うす日のなかに、
いとちさき  百合のうろこを、
索めたる   われぞさびしき



  国柱会

外の面には春日うららに
ありとあるひびきなせるを
灰いろのこの 館には
百の人 けはひだになし

台の上 桜はなさき
行楽の 士女さゞめかん
この館はひえびえとして
泉石を うち繞りたり

大居士は 眼をいたみ
はや三月 人の見るなく
智応氏はのどをいたづき
巾巻きて廊に按ぜり

崖下にまた笛鳴りて
東へと とゞろき行くは
北国の春の光を
百里経て汽車の着きけん



  〔なべてはしけく よそほひて〕

なべてはしけく  よそほひて
暁惑ふ      改札を
ならび出づると  ふりかへる
人なきホーム   陸の橋

歳に一夜の    旅了へし
をとめうなゐの  ひとむれに
黒きけむりを   そら高く
職場は待てり   春の雨



  〔雲ふかく 山裳を曳けば〕

雲ふかく
山裳を曳けば
きみ遠く去るにかも似ん

丘群に
日射し萌ゆれば
きみ来り訪ふにも似たり



  僧園

星のけむりの下にして
石組黒くひそめるを
さもあしざまに鳴き棄てつ
かくこう一羽北に過ぎたり

夜のもみぢの木もそびえ
御堂の屋根も沈めるを
さらに一羽の鳥ありて
寒天質アガーチナスの闇に溶けたり



  釜石よりの帰り

かぎりなく鳥はすだけど
こゝろこそいとそゞろなれ

竹行り小きをになひ
雲しろき飯場を出でぬ

みちのべにしやが花さけば
かうもりの柄こそわびしき

かすかなる霧雨ふりて
丘はたゞいちめんの青
谷あひの細き棚田に
積まれつゝ廐肥もぬれたり



  祭日〔二〕

アナロナビクナビ 睡たく桐咲きて
峡に瘧のやまひつたはる

ナビクナビアリナリ 赤き幡もちて
草の峠を越ゆる母たち

ナリトナリアナロ 御堂のうすあかり
毘沙門像に味噌たてまつる

アナロナビクナビ 踏まるゝ天の邪鬼
四方につゝどり鳴きどよむなり



  叔母枕頭

七月はさやに来れど、
人はなほ故知らに病み、
日すぎ来し白雲の野は、
さびしくも掃き浄めらる、



  宗谷〔一〕

まくろなる流れの岸に
根株燃すゆふべのけむり
こらつどひかたみに舞ひて
たんぽゝの白き毛をふく

丘の上のスリッパ小屋に
媼ゐてむすめらに云ふ
かくてしも畑みな成りて
あらたなる艱苦ひらくと



  製炭小屋

もろの崖より たゆみなく
朽ち石まろぶ 黒夜谷
鳴きどよもせば 慈悲心鳥じふいち
われにはつらき 睡りかな

榾組み直し ものおもひ
ものうちおもひ 榾組みて
はやくも東 谷のはて
雲にも朱の 色立ちぬ



  宗谷〔二〕

そらの微光にそゝがれて
いま明け渡る甲板は
綱具やしろきライフヴイ
あやしく黄ばむ排気筒

はだれに暗く緑する
宗谷岬のたゞずみと
北はま蒼にうち睡る
サガレン島の東尾や

黒き葡萄の色なして
雲いとひくく垂れたるに
鉛の水のはてははや
朱金一すぢかゞやきぬ

髪を正しくくしけづり
セルの袴のひだ垂れて
古き国士のおもかげに
日の出を待てる紳士あり

船はまくろき砒素鏡を
その来しかたにつくるとき
漂ふ黒き材木と
水うちくぐるかいつぶり

俄かに朱金うち流れ
朝日潰ひて出で立てば
紳士すなはち身を正し
高く柏手うちにけり

時にあやしやその古金
雲に圧さるゝかたちして
次第に潰ひ平らめば
紳士怪げんのおもひあり

その虚の像のま下より
古めけるもの燃ゆるもの
湧きたゝすもの融くるもの
まことの日こそのぼりけり

舷側は燃えヴイも燃え
綱具を燃やし筒をもし
紳士の面を彩りて
波には黄金の柱しぬ



  〔棕梠の葉やゝに痙攣し〕

棕梠の葉やゝに痙攣し
陽光横目に過ぐるころ
湯屋には声のほのかにて
どぶ水ほとと落ちたるに
放蕩無頼の息子の大工
このとき古きスコットランドの
貴族風して戻り来れり



  〔このみちの醸すがごとく〕

このみちの醸すがごとく
粟葉などひかりいでしは
ひがしなる山彙の上に
黄なる月いざよへるなり

夏の草山とになひて
やうやくに人ら帰るを
なにをかもわがかなしまん
すゝきの葉露をおとせり



  駅長

ことことと行く汽車のはて
温石いしの萓山の
上にひとつの松ありて
あるひは雷にうたれしや
三角標にまがへりと
大上段に 真鍮の
棒をかざしてさまよへり

ごみのごとくにあきつとぶ
高圧線のま下にて
秋をさびしき白服の
酒くせあしき土木技手
いましも汽車を避け了へて
こなたへ来るといまははた
急ぎガラスを入りにけり



  〔こはドロミット洞窟の〕

こはドロミット洞窟の
け寒く硬き床なるを

幾箇の環を嵌められし
巨人の白き隻脚ぞ

かくて十二の十年は
事なきさまに燃え過ぐる



  秘境

漢子 称して秘処といふ
その崖上にたどりしに
樺柏に囲まれて
ほうきだけこそうち群れぬ

漢子 首巾をきと結ひて
黄ばめるものは熟したり
なはそを集へわれはたゞ
白きを得んと気おひ云ふ

漢子をのこくろき双の脚
大コムパスのさまなして
草地の黄金をみだるれば
峯の火口に風鳴りぬ

漢子は蕈を山と負ひ
首巾をやゝにめぐらしつ
東に青き野をのぞみ
にと笑みにつゝ先立ちぬ



  〔霜枯れのトマトの気根〕

霜枯れのトマトの気根
その熟れぬ青き実をとり
手に裂かばさびしきにほひ
ほのぼのとそらにのぼりて
翔け行くは二価アルコホール
落ちくるは黒雲のひら



  〔雪とひのきの坂上に〕

雪とひのきの坂上に
粗き板もてゴシックを
辛く畳みて写真師の
聖のねぐらを営みぬ

ぼたと名づくる雪ふりて
いましめさけぶ橇のこら
よきデュイエットうちふるひ
ひかりて暮るゝガラス屋根



  〔鉛のいろの冬海の〕

鉛のいろの冬海の
荒き渚のあけがたを
家長は白きもんぱして
こらをはげまし急ぎくる

ひとりのうなゐ黄の巾を
うちかづけるが足いたみ
やゝにおくるゝそのさまを
おとめは立ちて迎へゐる

    南はるかに亘りつゝ
    氷霧にけぶる丘丘は
    こぞはひでりのうちつゞき
    たえて稔りのなかりしを

日はなほ東海ばらや
黒棚雲の下にして
褐砂に凍てし船の列
いまだに夜をゆめむらし

鉛のいろの冬海の
なぎさに子らをはげまして
いそげる父の何やらん
面にはてなきうれひあり

あゝかのうれひけふにして
晴れなんものにありもせば
ことなきつねのまどひして
こよひぞたのしからましを



  小祠

赤き鳥居はあせたれど
杉のうれ行く冬の雲
野は殿堂の続きかな

よくすかれたる日本紙は
一年風に完けきを
雪の反射に知りぬべし

かしこは一の篩にて
ひとまづそこに香を浄み
入り来るなりと云ひ伝ふ

雪の堆のなかにして
りゝと軋れる井戸車
野は楽の音に充つるかな



  対酌

嘆きあひ  酌みかうひまに
灯はとぼり  雑木は昏れて
滝やまた   稜立つ巌や
雪あめの   ひたに降りきぬ

「ただかしこ 淀むそらのみ
かくてわが  ふるさとにこそ」
そのひとり  かこちて哭けば
狸とも    眼はよぼみぬ

「すだけるは 孔雀ならずや
ああなんぞ  南の鳥を
ここにして  悲しましむる」
酒ふくみ   ひとりも泣きぬ

いくたびか  鷹はすだきて
手拭は    雫をおとし
玻璃の戸の  山なみをたゞ
三月のみぞれは 翔けぬ



  不軽菩薩

あらめの衣身にまとひ
城より城をへめぐりつ
上慢四衆の人ごとに
菩薩は礼をなしたまふ

 (われは不軽ぞかれは慢
  こは無明なりしかもあれ
  いましも展く法性と
  菩薩は礼をなし給ふ)

われ汝等を尊敬す
敢て軽賤なさざるは
汝等作仏せん故と
菩薩は礼をなし給ふ

 (こゝにわれなくかれもなし
  たゞ一乗の法界ぞ
  法界をこそ拝すれと
  菩薩は礼をなし給ふ)

この無智の比丘いづちより
来りてわれを軽しむや

もとよりわれは作仏せん
凡愚の輩をおしなべて
われに授記する非礼さよ
あるは怒りてむちうちぬ



  〔聖なる窓〕

聖なる窓
そらのひかりはうす青み
汚点ある幕はひるがへる
 Oh, my reverence!
 Sacred St. Window!



  〔われはダルケを名乗れるものと〕

われはダルケを名乗れるものと
つめたく最后のわかれを交はし
閲覧室の三階より、
白き砂をはるかにたどるこゝちにて
その地下室に下り来り
かたみに湯と水とを呑めり
そのとき瓦斯のマントルはやぶれ
焔は葱の華なせば
網膜半ば奪はれて
その洞黒く錯乱せりし

かくてぞわれはその文に
ダルケと名乗る哲人と
永久とはのわかれをなせるなり



  県道

鳥居の下の県道を
砂塵おぼろにあとひきて
青竹あをたけいろのトラック過ぐる

枝垂の栗の下影に
鳥獣戯画のかたちして
相撲をとれる子らもあり



  〔かくまでに〕

かくまでに
心をいたましむるは
薄明穹の黒き血痕
新らしき
見習士官の肩章をつけ
なが恋敵笑ひ過ぐるを



  隼人

あかりつぎつぎ飛び行げば
赭ら顔黒装束のその若者
こゝろもそらに席に帰れり

まち覆ふ膠朧光や
夜の穹窿を見入りつゝ
若者なみだうちながしたり

大森をすぎてその若者ひそやかに
写真をいだし見まもりにけり

   げに一夜
   写真をながめ泪ながし
   駅々の灯を迎へ送りぬ

山山に白雲かゝり夜は明けて
若者やゝに面をあげ
田原の坂の地形を説けり

   赭ら顔黒装束のその隼人
   歯磨などをかけそむる



  〔せなうち痛み息熱く〕

せなうち痛み息熱く
待合室をわが得るや
白き羽せし淫れめの
おごりてまなこうちつむり
かなためぐれるベンチには
かって獅子とも虎とも呼ばれ
いま歯を謝せし村長の
頬明き孫の学生がくしやう
侍童のさまに従へて
手袋の手をかさねつゝ
いとつゝましく汽車待てる
外の面俥の往来して
雪もさびしくよごれたる
二月の末のくれちかみ
十貫二十五銭にて
いかんぞ工場立たんなど
そのかみのシャツそのかみの
外套を着て物思ふは
こゝろ形をおしなべて
今日落魄のはてなれや
とは云へなんぞ人人の
なかより来り炉に立てば
遠き海見るさまなして
ひとみやさしくうるめるや
ロイドめがねにはし折りて
丈なすせなの荷をおろし
しばしさびしくつぶやける
その人なにの商人ぞ
はた軍服に剣欠きて
みふゆはややにうら寒き
黄なるりんごの一籠と
布のかばんをたづさえし
この人なにの司ぞや
見よかのしきたわれめの
いまはかなげにめひらける
その瞳くらくよどみつゝ
かすかに肩のもだゆるは
あはれたまゆらひらめきて
朽ちなんいのちかしこにも
われとひとしくうちなやみ
さびしく汽車を待つなるを

★本文15行目[銭]は、ヘンのない形で表記されている。



  〔ひとひははかなくことばをくだし〕

ひとひははかなくことばをくだし
ゆふべはいづちの組合にても
一車を送らんすべなどおもふ
さこそはこゝろのうらぶれぬると
たそがれさびしく車窓によれば
外の面は磐井の沖積層を
草火のけむりぞ青みてながる

屈撓余りに大なるときは
挫折の域にも至りぬべきを
いままた怪しくせなうち熱り
胸さへ痛むはかっての病
ふたゝび来しやとひそかに経れば
芽ばえぬ柳と残りの雪の
なかばはいとしくなかばはかなし

あるひは二列の波ともおぼえ
さらには二列の雲とも見ゆる
山なみへだてしかしこの峡に
なほかもモートルとゞろにひゞき
はがねのもろ歯の石噛むま下
そこにてひとびとあしたのごとく
けじろき石粉をうち浴ぶらんを

あしたはいづこの店にも行きて
一車をすゝめんすべをしおもふ
かはたれはかなく車窓によれば
野の面かしこははや霧なく
雲のみ平らに山地に垂るゝ



  スタンレー探険隊に対する二人のコンゴー土人の演説

演説者
白人 白人 いづくへ行くや
こゝを溯らば毒の滝
がまは汝を膨らまし
鰐は汝の手を食はん

     証明者
     ちがひなしちがひなし
     がまは汝の舌を抜き
     鰐は汝の手を食はん

白人 白人いづくへ行くや
こゝより奥は 暗の森
藪は汝の足をとり
蕈は汝を腐らさん

     ちがひなしちがひなし
     藪は汝の足をとり
     蕈は汝を腐らさん

白人白人 いづくへ行くや
こゝを昇らば熱の丘
赤は 汝をえぼ立たせ
黒は 汝を乾かさん

     ちがひなしちがひなし
     赤は汝をえぼ立たせ
     黒は汝を乾かさん

白人 白人 いづくへ行くや
こゝを過ぐれば 化の原
蛇はまとはん なんぢのせなか
猫は遊ばんなんぢのあたま

     ちがひなしちがひなし
     蛇はまとはん なんぢのせなか
     猫は遊ばんなんぢのあたま

白人 白人いづくへ行くや
原のかなたはアラヴ泥
どどどどどうと押し寄せて
汝らすべて殺されん

     ちがひなしちがひなし
     どどどどどうと押し寄せて
     汝らすべて殺されん

    (このときスタンレー〔数文字不明〕こらへかねて
     噴き出し土人は叫びて遁げ去る)



  敗れし少年の歌へる

ひかりわななくあけぞらに
清麗サフィアのさまなして
きみにたぐへるかの惑星ほし
いま融け行くぞかなしけれ

雪をかぶれるびゃくしんや
百の海岬いま明けて
あをうなばらは万葉の
古きしらべにひかれるを

夜はあやしき積雲の
なかより生れてかの星ぞ
さながらきみのことばもて
われをこととひ燃えけるを

よきロダイトのさまなして
ひかりわなゝくかのそらに
溶け行くとしてひるがへる
きみが星こそかなしけれ



  〔くもにつらなるでこぼこがらす〕

くもにつらなるでこぼこがらす
杜のかなたを赤き電車のせわしき往来
べっ甲めがねのメフェスト



  〔土をも堀らん汗もせん〕

土をも堀らん汗もせん
まれには時に食まざらん
さあれわれらはわれらなり
ながともがらといと遠し

にくみいかりしこのことば
いくそたびきゝいまもきゝ
やがてはさのみたゞさのみ
わが生き得んと
うしなへるこゝろと
くらきいたつきの
さなかにわれもうなづきなんや



  〔あくたうかべる朝の水〕

あくたうかべる朝の水
ひらととびかふつばくらめ
苗のはこびの遅ければ
熊ははぎしり雲を見る

苗つけ馬を引ききたり
露のすぎなの畔に立ち
権は朱塗の盃を
ましろきそらにあふぐなり



  中尊寺〔二〕

白きそらいと近くして
みねの方鐘さらに鳴り
青葉もて埋もる堂の
ひそけくも暮れにまぢかし

僧ひとり縁にうちゐて
ふくれたるうなじめぐらし
義経の彩ある像を
ゆびさしてそらごとを云ふ



  火渡り

竜王の名をしるしたる
紺の旗黄と朱の旗

さうさうと焔はたちて
葉桜の梢まばゆし

布をもてひげをしばりし
行者なほ呪をなしやめず

にくさげに立ちて見まもる
軍帽をかぶれる教師



  〔こゝろの影を恐るなと〕

こゝろの影を恐るなと
まことにさなり さりながら
こゝろの影のしばしなる
そをこそ世界現実といふ



  〔モザイク成り〕

モザイク成り、
住人は窓より見るを
何ぞ七面鳥の二所をけちらし窪めしや、
   何の花を移してこゝを埋めん
   然りたゞ七面鳥なんぢそこに座して動かざれ
   然り七面鳥動くも又可なり

なんぢ事務長のひいきする




  〔夕陽は青めりかの山裾に〕

夕陽は青めりかの山裾に
ひろ野はくらめりま夏の雲に
かの町はるかの地平に消えて
おもかげほがらにわらひは遠し

ふたりぞたゞのみさちありなんと
おもへば世界はあまりに暗く
かのひとまことにさちありなんと
まさしくねがへばこころはあかし

いざ起てまことのをのこの恋に
もの云ひもの読み苹果を喰める
ひとびとまことのさちならざれば
まことのねがひは充ちしにあらぬ

夕陽は青みて木立はひかり
をちこちながるゝ草取うたや
いましものびたつ稲田の氈に
ひとびと汗してなほはたらけり



  農学校歌

日ハ君臨シカガヤキハ
白金ノ雨ソソギタリ
ワレラハ黒キ土ニ俯シ
マコトノ草ノタネマケリ

日ハ君臨シ穹窿ニ
ミナギリ亘ス青ビカリ
光ノ汗ヲ感ズレバ
気圏ノキワミクマモナシ

日ハ君臨シ玻璃ノマド
清澄ニシテ寂カナリ
サアレヤミチヲ索メテハ
白堊ノ霧モアビヌベシ

日ハ君臨シカヾヤキノ
太陽系ハマヒルナリ
ケハシキ旅ノナカニシテ
ワレラヒカリノミチヲフム



  火の島 (Weber海の少女の譜)

海鳴りのとゞろく日は
船もより来ぬを
火の山の燃え熾りて
雲のながるゝ
海鳴り寄せ来る椿の林に
ひねもす百合堀り
今日もはてぬ




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