徒然草
　

■第百八十四段

相模守時頼さがみのかみときよりの母はわは、松下禅尼まつしたのぜんにとぞ申しける。守かみを入れ申さるゝことありけるに、煤すすけたる明 あかりり障子の破ればかりを、禅尼、手づから、小刀こがたなして切り廻 まはしつゝ張られければ、兄せうとの城介義景じやうのすけよしかげ、その日のけいめいして候さうらひけるが、「給はりて、某男なにがしをのこに張らせ候はん。さやうのことに心得たる者に候ふ」と申されければ、「その男、尼あまが細工によも勝まさり侍らじ」とて、なほ、一間ひとまづゝ張られけるを、義景、「皆を張り替へ候はんは、遥はるかにたやすく候ふべし。斑まだらに候ふも見苦しくや」と重ねて申されければ、「尼も、後 のちは、さはさはと張り替へんと思へども、今日けふばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理しゆりして用もちゐることぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり」と申されける、いと有難ありがたかりけり。

世を治をさむる道、倹約を本もととす。女性によしやうなれども、聖人の心に通かよへり。天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことに、たゞ人びとにはあらざりけるとぞ。

松田史生氏が作成したテキストファイルを、岡島昭浩氏が手を加え、さらに江口聡氏がＨＴＭＬ化したファイルを以下のように変更しました。

変更箇所
　　ルビ付きＨＴＭＬファイルに変換
　　ルビをカタカナからひらがなに変更
　　行間処理（行間１８０％）
　　段落処理（形式段落ごとに＜Ｐ＞タグ追加、段落冒頭の一字下げを一行下げに変更）
変更作業：里実福太朗
変更終了：平成１３年１０月