水仙月の四日

宮澤賢治




1

雪婆ゆきばんごは、とほくへかけてりました。

2

ねこのやうなみゝをもち、ぼやぼやしたはいいろのかみをした雪婆ゆきばんごは、西にし山脈さんみやくの、ちぢれたぎらぎらのくもえて、とほくへでかけてゐたのです。

3

ひとりの子供こどもが、あか毛布けつとにくるまつて、しきりにカリメラ・・・・のことをかんがへながら、おほきなざうあたまのかたちをした、雪丘ゆきをかすそを、せかせかうちのはういそいでりました。

4

(そら、新聞紙しんぶんがみとがつたかたちにいて、ふうふうとくと、すみからまるで青火あをびえる。ぼくはカリメラなべ赤砂糖あかさとうひとつまみれて、それからザラメをひとつまみれる。みづをたして、あとはくつくつくつとるんだ。)ほんたうにもう一しやうけんめい、こどもはカリメラ・・・・のことをかんがへながらうちのはういそいでゐました。

5

さまは、そらのずうつととほくのすさとほつたつめたいとこで、まばゆいしろを、どしどしおきなさいます。

6

そのひかりはまつすぐに四方しはう発射はつしやし、したはうちてては、ひつそりした台地だいちゆきを、いちめんまばゆい雪花せつくわ石膏せくかういたにしました。

7

ひき雪狼ゆきおいのが、べろべろまつしたきながら、ざうあたまのかたちをした、雪丘ゆきをかうへはうをあるいてゐました。こいつらはひとにはえないのですが、いつぺんかぜくるすと、台地だいちのはづれのゆきうへから、すぐぼやぼやの雪雲ゆきぐもをふんで、そらをかけまはりもするのです。
「しゆ、あんまりつていけないつたら。」雪狼ゆきおいののうしろから白熊しろくま毛皮けがは三角帽子さんかくばうしをあみだにかぶり、かほ苹果りんごのやうにかがやかしながら、雪童子ゆきわらすがゆつくりあるいてました。

8

雪狼ゆきおいのどもはあたまをふつてくるりとまはり、またまつしたをいてはしりました
「カシオピイア、  もう水仙すゐせんすぞ
 おまへのガラスの水車みぐぐるま
 きつきとまはせ。」雪童子ゆきわらすはまつあをなそらをあげてえないほしさけびました。そのそらからはあをびかりがなみになつてゆくわくとり、雪狼ゆきおいのどもは、ずうつととほくでほのほのやうにあかしたをべろべろいてゐます。
「しゆ、もどれつたら、しゆ、」雪童子ゆきわらすがはねあがるやうにしてしかりましたら、いままでゆきにくつきりちてゐた 雪童子ゆきわらす影法師かげぼうしは、ぎらつとしろいひかりにかはり、おいのどもはみゝをたてゝ一さんにもどつてきました。
「アンドロメダ、  あぜみのはながもうくぞ、
 おまへのラムプのアルコホル、
 しゆうしゆとかせ。」

9

雪童子ゆきわらすは、かぜのやうにざうかたちをかにのぼりました。ゆきにはかぜ介殻かいがらのやうなかたがつき、そのいたゝきには、一ぽんおほきなくりが、うつくしい黄金きんいろのやどりぎのまりをつけてつてゐました。
「とつといで。」雪童子ゆきわらすをかのをぼりながらひますと、一ぴき雪狼ゆきおいのは、主人しゆじんちいさなのちらつとひかるのをるや、ごむまりのやうにいきなりにはねあがつて、そのあかのついたちいさなえだを、がちがちぢりました。うへでしきりにくびをまげてゐる雪狼ゆきおいの影法師かげばうしは、おほきくながをかゆきち、えだはたうたうあをかはと、いろのしんとをちぎられて、いまのぼつてきたばかりの雪童子ゆきわらすあしもとにちました。
「ありがたう。」雪童子ゆきわらすはそれをひろひながら、しろあゐいろのはらにたつてゐる、うつくしいまちをはるかにながめました。かはがきらきらひかつて、停車場ていしやばからはしろけむりもあがつてゐました。雪童子ゆきわらすをかのふもとにおとしました。その山裾やますそほそゆきみちを、さつきの赤毛布あかけつと子供こどもが、いつしんにやまのうちのはういそいでゐるのでした。
「あいつは昨日きのふ木炭すみのそりをしてつた。砂糖さとうつて、じぶんだけかへつてきたな。」雪童子ゆきわらすはわらひながら、にもつてゐたやどりぎのえだを、ぷいつとこどもになげつけまし森。えだはまるで弾丸たまのやうにまつすぐにんでつて、たしかに子供こどもまへちました。

10

子供こどもはびつくりしてえだをひろつて、きよろきよろあちこちをまはしてゐます。雪童子ゆきわらすはわらつてかはむちをひとつひゆうとらしました。

11

すると、くももなくみがきあげられたやうな群青ぐんぜうそらから、まつしろゆきが、さぎののやうに、いちめんにちてきました。それはした平原へいげんゆきや、ビールいろ日光につくわうちやいろのひのきでできあがつた、しづかな奇麗きれい日曜日にちようびを、一さううつくしくしたのです。

12

どもは、やどりぎのえだをもつて、  一しやうけんめいにあるきだしました。

13

けれども、その立派りつぱゆきつてしまつたころから、おさまはなんだかそらとほくのはうへおうつりになつて、そこのお旅屋たびやで、あのまばゆいしろを、あたらしくおきなされてゐるやうでした。

14

そして西北にしきたはうからは、すこかぜいてきました。

15

もうよほど、そらもつめたくなつてきたのです。ひがしとほくのうみはうでは、そら仕掛しかけをはづしたやうな、ちいさなカタツといふおときこえ、いつかまつしろなかゝみかはつてしまつたおさまのめんを、なかにちいさなものがどんどんよこつてくやうです。

16

雪童子ゆきわらすかはむちをわきのしたにはさみ、かたうでみ、くちびるむすんで、そのかぜいてはうをぢつとてゐました。おいのどもも、まつすぐにくびをのばして、しきりにそつちをのぞみました。

17

かぜはだんだんつよくなり、あしもとのゆきは、さらさらさらさらうしろへながれ、もなくむかふの山脈さんみやくいたゝきに、ぱつとしろいけむりのやうなものがつたとおもふと、もう西にしはうは、すつかりはいいろにくらくなりました。

18

雪童子ゆきわらすは、するどえるやうにひかりました。そらはすつかりしろくなり、かぜはまるでくやう、はやくもかはいたこまかなゆきがやつてました。そこらはまるではいいろのゆきでいつぱいです。ゆきだかくもだかもわからないのです。

19

をかかどは、もうあつちもこつちも、みんな一度いちどに、きしるやうにるようにしました。地平線ちへいせんまちも、みんなくらけむりむかふになつてしまひ、雪童子ゆきわらすしろかげばかり、ぼんやりまつすぐにつてゐます。

20

そのくやうなえるやうなかぜおとなかから、
「ひゆう、なにをぐづぐづしてゐるの。さあらすんだよ。らすんだよ。ひゆうひゆうひゆう、ひゆひゆう、らすんだよ、ばすんだよ、なにをぐづぐづしてゐるの。こんなにいそがしいのにさ。ひゆう、ひゆう、むかふからさへわざと三人連さんにんつれてきたぢやないか。さあ、らすんだよ。ひゆう。」あやしいこゑがきこえてきました。

21

雪童子ゆきわらすはまるで電気でんきにかかつたやうにびたちました。雪婆ゆきばんごがやつてきたのです。

22

ぱちつ、雪童子ゆきわらすかはむちがりました。おいのどもは一ペんにはねあがりました。ゆきわらすはかほいろもあをざめ、くちびるむすばれ、帽子ばうしんでしまひました。
「ひゆう、ひゆう、さあしつかりやるんだよ。なまけちやいけないよ。ひゆう、ひゆう。さあしつかりやつておれ。今日けふはここらは水仙月すゐせんづき四日よつかだよ。さあしつかりさ。ひゆう。」

23

雪婆ゆきばんごの、ぼやぼやつめたい白髪しらがは、ゆきかぜとのなかでうづになりました。どんどんかける黒雲くろくもあひだから、そのとがつたみゝと、ぎらぎらひか黄金きんえます。

24

西にしはう野原のはらかられてられた三人さんにん雪童子ゆきわらすも、みんなかほいろにもなく、きちつとくぢびるんで、おたがひ挨拶あひさつさへもはさずに、もうつづけざませわしくかはむちをらしつたりたりしました。もうどこがをかだかゆきけむりだかそらだかさへもわからなかつたのです。きこえるものは雪婆ゆきばんごのあちこち行つたりたりしてさけこゑ、おたがひ革鞭かはむちおと、それからいまはゆきなかをかけあるく九疋くひき雪狼ゆきおいのどものいきおとばかり、そのなかから雪童子ゆきわらすはふと、かぜにけされていてゐるさつきの子供こどもこゑをききました。

25

雪童子ゆきわらすひとみはちよつとおかしくえました。しばらくたちどまつてかんがへてゐましたがいきなりはげしくむちをふつてそつちへはしつたのです。

26

けれどもそれは方角はうがくがちがつてゐたらしく雪童子ゆきわらすはずうつとみなみはうくろ松山まつやまにぶつつかりました。雪童子ゆきわらすかはむちをわきにはさんでみゝをすましました。
「ひゆう、ひゆう、なまけちや承知しやうちしないよ。らすんだよ、らすんだよ。さあ、ひゆう。今日けふ水仙月すゐせんづき四日よつかだよ。ひゆう、ひゆう、ひゆう、ひゆうひゆう。」

27

そんなはげしいかぜゆきこゑあひだからすきとほるやうな泣声なきごゑがちらつとまたきこえてきました。雪童子ゆきわらすはまつすぐにそつちへかけてきました。雪婆ゆきばんごのふりみだしたかみが、そのかほみわるくさわりました。たうげゆきなかに、あか毛布けつとをかぶつたさつきのが、かげにかこまれて、もうあしゆきからけなくなつてよろよろたふれ、ゆきをついて、きあがらうとしていてゐたのです。
毛布けつとをかぶつて、うつけになつておいで。毛布けつとをかぶつて、うつむけになつておいで。ひゆう。」雪童子ゆきわらすはしりながらさけびました。けれどもそれはどもにはただかぜこゑときこえ、そのかたちはえなかつたのです。
「うつむけにたふれておいで。ひゆう。うごいちやいけない。ぢきやむからけつとをかぶつてたふれておいで。」ゆきわらすはかけもどりながらまたさけびました。どもはやつぱりきあがらうとしてもがいてゐました。
たふれておいで、ひゆう、だまつてうつむけにたふれておいで、今日けふはそんなにさむくないんだからこゞやしない。」

28

雪童子ゆきわらすは、もいちはしけながらさけびました。どもはくちをびくびくまげてきながらまたきあがらうとしました。
たふれてゐるんだよ。だめだねえ。」雪童子ゆきわらすむかふからわざとひどくつきあたつてどもをたふしました。
「ひゆう、もつとしつかりやつておくれ、なまけちやいけない。さあ、ひゆう」雪婆ゆきばんごがやつてきました。そのけたやうにむらさきくちとがつたもぼんやりえました。
「おや、おかしな子こがゐるね、さうさう、こつちへとつておしまひ。水仙月すゐせんづき四日よつかだもの、一人ひとり二人ふたりとつたつていゝんだよ。」
「えゝ、さうです。さあ、んでしまへ。」雪童子ゆきわらすはわざとひどくぶつつかりながらまたそつと云ひました。
たふれてゐるんだよ。うごいちやいけない。うごいちやいけないつたら。」

29

おいのどもがちがひのやうにかけめぐり、くろあし雪雲ゆきぐもあひだからちらちらしました。
「さうさう、それでいゝよ。さあ、降ふらしておくれ。なまけちや承知しやうちしないよひゆうひゆうひゆう、ひゆひゆう。」雪婆ゆきばんごは、またむかふへんで行きました。

30

子供こどもはまたきあがらうとしました。雪童子ゆきわらすわらひながら、も一度いちどひどくつきあたりました。もうそのころは、ぼんやりくらくなつて、まだ三にもならないに、れるやうにおもはれたのです。こどもはちからもつきて、もうきあがらうとしませんでした。雪童子ゆきわらすわらひながら、をのばして、そのあか毛布けつとうへからすつかりかけてやりました。
「さうしてねむつておいで。布団ふとんをたくさんかけてあげるから。さうすればこゞえないんだよ。あしたのあさまでカリメラ・・・・ゆめておいで。」

31

ゆきわらすはおなじとこをなんべんもかけて、ゆきをたくさんこどものうへにかぶせました。まもなくあか毛布けつとえなくなり、あたりとのたかさもおなじになつてしまひました。
「あのこどもは、ぼくのやつたやどりぎをもつてゐた。」雪童子ゆきわらすはつぶやいて、ちよつとくやうにしました。
「さあ、しつかり、今日けふよる二時にじまでやすみなしだよ。ここらは水仙月すゐせんづき四日よかなんだから、やすんぢやいけない。さあ、らしておくれ。ひゆう、ひゆうひゆう、ひゆひゆう。」

32

雪婆ゆきばんではまたとほくのかぜの中でさけびました。

33

そして、かぜゆきと、ばさばさのはいのやうなくものなかで、ほんたうにゆきよるぢうつてつてつたのです。やつと夜明よあけにちかいころ、雪婆ゆきばんごはも一度いちどみなみからきたへまつすぐにせながらひました。
「さあ、もうそろそろやすんでいゝよ。あたしはこれからまたうみはうくからね、だれもついてないでいいよ。ゆつくりやすんでこのつぎ仕度したくをしていておくれ。ああまあいいあんばいだつた。水仙月すゐせんづき四日よつかがうまくんで。」

34

そのやみのなかでおかしくあをひかり、ばさばさのかみ渦巻うづまかせくちをびくびくしながら、ひがしはうへかけてきました。

35

はらもをかもほつとしたやうになつて、ゆきあをじろくひかりました。そらもいつかすつかりれて、桔梗ききやういろの天球てんきうには、いちめんの星座せいざがまたたきました

36

雪童子ゆきわらすらは、めいめい自分じぶんおいのをつれて、はじめてお互挨拶たがひあいさつしました。
「ずゐぶんひどかつたね。」
「ああ、」
「こんどはいつふだらう。」
「いつだらうねえ、しかし今年中ことしぢうに、もう二へんぐらゐのもんだらう。」
はやくいつしよにきたかへりたいね。」
「ああ。」
「さつきこどもがひとりんだな。」
大丈夫だいじやうぶだよ。ねむつてるんだ。あしたあすこへぼくしるしをつけておくから。」
「ああ、もうかへらう。夜明よあけまでにむかふへかなくちや。」
「まあいゝだらう。ばくね、どうしてもわからない。あいつはカシオペーアのぼしだらう。みんなあをなんだらう。それなのに、どうしてがよくえれば、ゆきをよこすんだらう。」
「それはね、電気菓子でんきぐわしと同じだよ。そら、ぐるぐるぐるまはつてゐるだらうザラメがみんな、ふわふわのお菓子くわしになるねえ、だからがよくえればいゝんだよ。」
「ああ。」
「ぢや、さよなら。」
「さよなら。」

37

にん雪童子ゆきわらすは、九ひき雪狼ゆきおいのをつれて、西にしはうかへつてきました。

38

まもなくひがしのそらがばらのやうにひかり、琥拍こはくいろにかゞやき、黄金きんえだしました。をか野原のはらもあたらしいゆきでいつぱいです。

39

雪狼ゆきおいのどもはつかれてぐつたりすわつてゐます。雪童子ゆきわらすゆきすわつてわらひました。そのほゝ林檎りんごのやう、そのいき百合ゆりのやうにかほりました。

40

ギラギラのおさまがおのぼりになりました。今朝けさ青味あをみがかつていつさう立派りつぱです。日光につくわうもゝいろにいつぱいにながれました。雪狼ゆきおいのきあがつておほきくくちをあき、そのくちからはあをほのほがゆらゆらとえました。
「さあ、おまへたちはぼくについておいで。があけたから、あのどもをおこさなけあいけない。」

41

雪童子ゆきわらすはしつて、あの昨日きのふ子供こどもうづまつてゐるとこへきました。
「さあ、ここらのゆきをちらしておくれ。」

42

雪狼ゆきおいのどもは、たちまち後足あとあしで、そこらのゆきをけたてました。かぜがそれをけむりのやうにばしました。

43

かんぢきをはき毛皮けがはひとが、むらはうからいそいでやつてきました。
「もういゝよ」。雪童子ゆきわらす子供こどもあか毛布けつとのはじが、ちらつとゆきからたのをみてさけびました。
「おとうさんがたよ。もうをおさまし。」ゆきわらすはうしろのをかにかけあがつて一ぽんゆきけむりをたてながらさけびました。どもはちらつとうごいたやうでした。そして毛皮けがはひとは一しやうけんめいはしつてきました。




■このファイルについて
標題:水仙月の四日
著者:宮澤賢治
本文:「注文の多い料理店」
     新選 名著復刻全集 近代文学館   昭和51年4月1日 発行
              (第14刷)
表記:原文の表記を尊重しつつ、Webでの読みやすさを考慮して、以下のように扱います。

○誤字・脱字等と思われる箇所は訂正せず、底本通りとしました。
○本文のかなづかいは、底本通りとしました。
○旧字体は、現行の新字体に替えました。だだし、新字体に替えなかった漢字もあります。新字体がない場合は、旧字体をそのまま用いました。
○段落番号を追加しました。
○行間処理(行間200%)を行いました。

入力:今井安貴夫
ファイル作成:里実工房
公開:里実文庫
    2005年10月30日