『赤光』再版に際して

齋藤茂吉



○多忙の身の上のゆゑに、『赤光』の歌も初版校正以来しみじみと繰読さうどくせずに経た。『赤光』の初版発行は大正二年十月である。いま初版が売切れて再版発行のうんに到つたと聞くと、何となく嬉しい心が湧く。『赤光』の歌は私の敬愛する先輩諸氏からも、遠国土をんごくどに住むまだ知らない人々からも可哀かあいがつていただいた。さうして私は少々有名になつた。『赤光』の再版に際して、さらさらに忝い心が湧く。

○おもふに短歌のやうなたいの抒情詩をおほつぴらにするといふことは、切腹面相を大つぴらにすろやうなものであろかも知れない。むかしの侍は切腹して臓腑はらわたも見せてゐる。さうして西人せいじんは此こころを besondere Ehrgeizなどいふ語の内容に関連せしめてもの言つてゐるが、『赤光』発行当時の私のこころは、少し色合が違つてゐた。そしてそれがいかにもぼんやりしてゐる。大正元年九月の歌に

        銀 銭 光
   とりいだす紙つゝみよりあらはるゝ銀貨のひかりかなしかりけれ
   電燈をひくゝおろしてしろがねの銭かぞふればこほろぎが啼く
   さ夜ふけと夜はふけぬらしぎんぜにかぞふればそのひゞきたるかな
   わがまなこ当面まともに見たり畳をばころがり行きし銀銭ぎんせんのひかり
   しみじみと紙幣のめんをながめたりわきて気味わるきものにはあらず

などがある。当時雑誌アララギの会計係であつた私は、常にアララギの売行を気にしてゐた。その後アララギはだんだん発行を続けて倒れずにゐる。私の微かな歌集『赤光』がアララギとどういふ関係に立ち、それが如何に続いて来たかを思念するに及んで、いまさらさらに感謝の念が湧く。

白面はくめんの友がきて、『赤光』は大正初年以後の短歌界にせうながらepochemachendに働掛けたと言放つ。私はその詞に対つてゐて苦笑もしない。ある夜、現歌壇の一部のSchematismusに対して『赤光』がいかに働掛けたかを思つたとき、いたく眉間か蹙めた。けれどもかかることは私の関するとこるではない。『赤光』は過去時に於ける私の悲しいいのちすてどころであつた。

○歌つくりは現世出世の道とおもふな。かなしくも私はなほ歌をつくつてゐる。西国観世音の札所を巡って来た故里ふるさとの老いたる父は『茂吉は歌などつくるさうだな』と云った。さうして田植が忙しいからと云つて帰国した。いまは故里に梅の実黄に落ち、蠶は繭になり、その繭は絹糸になつて、蔵王山の雪はだらに、それから消え、通草の実いよいよふくれて、大白然といへども刻々に変化してやむ時がない。『赤光』の再版に際して心に浮んだ断片を書きつけ置く。
  大正四年七月一日夜青山にて茂吉しるす。

■このファイルについて
標題:『赤光』再版に際して
著者:齋藤茂吉
本文:大正四年七月一日再版
   (アララギ叢書第二編)
   発行所 東雲堂書店
表記:原文の表記を尊重しますが、Webでの読みやすさ等に配慮して以下のように扱いました。

○原文で用いられている旧字体は、現行の新字体に変更しました。
○本文のかなづかいは、原文通りとしました。
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入力:今井安貴夫
ファイル作成:里実工房
公開:2004年12月28日 里実文庫